フィジー諸島で働いてた時の話1

数年前、少しだけフィジー諸島にある語学学校で働いてたことがある。結果的にはフィジー人であるオーナーと喧嘩して・・・というか、彼に呆れて辞めてしまったんやけど、俺を直接雇ってくれたのも彼なわけで、今でも貴重な経験をさせて貰ったと思って感謝してる

人生で後悔したことはほとんど思いつかんのやけど、数少ない後悔がこの時自分の力不足を痛感したこと。もうほんとあり得ないトラブル続きで大変やった 笑

まぁとにかく、既に結構前のことやけど、忘れないうちに記録に残しておこうと思う。記録って言っても覚えてる限りの日記みたいなもんやけど。

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フィジーで働くことになったきっかけ

2年間オーストラリアでのワーキングホリデーを終えて、自分の英語力がどれだけ上がったのか知りたかったのと、オーストラリア滞在時は語学学校行ってた時期以外はずっと農場で働いてたから、バカンスも兼ねてフィジーへの語学留学に申し込んだ。

語学留学ってのは、要するにフィジーにある英語学校に通うってこと。

その留学生時代のある日、学校の敷地内で普段見ないスタッフらしき人に「ウチで働かんか?」と誘われたんやけど、それがそこの学校のオーナーやった。

なんで俺を誘ったのか特に聞いたこと無いけど、たぶん何となくやと思う。自分で言うのもアレやけど、まぁまぁ愛想良いんだ 笑

まぁとにかく、有難いことに特に英語がペラペラ流暢に喋れるわけでも無い俺に、唐突にそんなチャンスが訪れた。

ただ、その時は一応大学を休学してる身分(休学三年目)で、復帰する気があったから断った。

結局帰国して半年間は大学に復帰したものの、家と学校の往復する毎日に物足りなくなって、すぐに休学して北海道に住むことになるんやけど・・・それはまた別の話で、北海道に行った翌年に再びオーナーに連絡取って雇ってもらうことになった。

ま、そんなわけでフィジーにある「日本人向けの語学学校」の現地スタッフとして働くことになったわけです。

面接からのスタートで世間知らずぶり全開

当時よりもビジネス規模が大きくなっていたようで、「日本に居るスタッフにちゃんと面接からしてもらう」と言われて面接を受けることから始まった。

ちなみにそのスタッフというのは、俺が生徒としてフィジーに留学していた時に色々と現地の世話をしていた人で、日本人現地スタッフやった人。

要するにその人が今は日本でコーディネーターの仕事をしているから、その人の後釜を募集しているらしい

「Skype面接」という慣れない面接では、勝手に「音声通話だけ」と思い込んでてパジャマ姿で通話していたら「ビデオ通話に切り替えれます?」と言われたので「今パジャマ姿なんですけど、それでも良いですか?」とか聞いたり(勿論、着替えろと言われた)、簡単なWard/Excelのテストがあったんやけど、それも「1時間以内にできる簡単な作業」と言われたのに3割くらいしか出来ないポンコツっぷりを発揮したのに奇跡的に採用してくれた

「働きたい!」という人が俺の他に居なかったのか、それとも面接をしてくれた日本人のスタッフとも面識があったからなのか、とにかくフィジーで働けることになった。

その面接をしてくれた日本人スタッフの人が「嘘つかなそうだよね」と言ってくれたから、そこを気に入ってもらえたのかもしれん 笑

ちなみに仕事内容や給料などは最終の直接面接の時に知ったと思う。

まぁ、現地で生活できて生活に困らない程度のお金が貰えれば十分やと思ってたからその辺は特に拘らなかった。

仕事の内容で言うと、「週休二日」で「日本人留学生のカウンセリング」等が主な仕事らしい。

あとは会社のブログの更新とか、簡単なExcel表を使っての資料作成ぐらいやったかな?Excelは全然分からんかったけど日本からガイド買ったし何とかなるやろ。と。

とにかく「南国でのんびり働けるなー」と呑気にそんな事を思ってた。

今思えば完全に舐めてるな 笑

フィジーへGO

日本からフィジーへ行くのは仁川空港経由が一般的

渡航のビザとしては「ワーキングビザ」ということになり、3ヶ月経ってから1年間に延長するシステムやったかな?とにかく「日付の変更できるオープンチケットにして」との事でオープンチケット買った。

基本LCCしか乗らへんから大韓航空はやっぱり快適やった。機内で映画観れるし。たしかこの時は「ウルフ・オブ・ストリート」観たんやったかな?

ちなみに現地までの渡航費は実費

向こうでは会社の持ち家に住むから家賃はタダ。まぁ会社の持ち家で一人ぐらいみたいな感じになるから食費は掛かる。

フィジーの税関職員が鬱陶しかった話

現地に到着。いよいよ現地スタッフとしての生活が始まる!

熱気が凄すぎてめっちゃ曇った 笑

写真は撮った動画からのスクショで画質汚いけど、これ見てよ。

歌で出迎え!素晴らしいサービス。前にオーストラリアから入国した時こんなサービスあったかな?

入国審査の列に並んでる途中でお腹痛くなったからトイレに行こうと思ったものの、列に並び直すの嫌やから我慢した。そわそわしながら数十分待ってようやく俺の番が来たものの・・・めちゃくちゃ税関の職員が鬱陶しかった。

以下、俺の記憶をもとにその時のやりとり

職員A「何しにきたんだ?」

俺「これからここで働くねん」

職員A「どこで?」

俺「○○っていう日本人向けの英語学校」

職員A「おお!そこにはジャパニーズ・ガールはたくさんいるんか?」

俺「いるやろなー。学校やし(お腹痛いからはよしてくれ)」

職員A「おい!俺に女紹介してくれ!」

俺「はいはい。働き始めたらまた連絡するわ(適当にあしらおう)」

職員A「絶対だぞ!電話番号教えろ!」

俺「来たばっかりやから電話番号ある筈ないやんけ!(ちゃんと仕事しろやコイツ)」

職員A「これ俺の番号だから!」

職員Aはそういって紙に自分の電話番号を書いて俺に渡してきた。後ろを見るとまだまだ待ってる人がいるにも関わらず、しかも周り全く意識せずにデカイ声で完全に私語をしている職員A。すると、隣の審査官の近くに立っていた別の職員Bが険しい顔をしてこっちに歩いてきた。

「あぁ、流石にこいつ怒られるやろなー」と思っていたら・・・「ヘイ!こいつ彼女いないから本当に頼むよ!」と言って、俺と職員Aの不本意な会話に参加してきよった 笑

職員B「ついでに俺にも紹介してくれ!」

お前もかい!と思った。とにかく腹も痛いし地獄の時間やった・・・。

「分かったからもう通って良い?」と言うと、今までの税関で経験した事のないくらい良い笑顔で「ああ!ごめんごめん、またな!」と通過したのに後ろから声を掛けてきた 笑

入国審査の会話中に何度か腹痛の波を乗り越え、スーツケースをピックアップする頃にはだいぶ治ってたから、ここでもトイレがあったのにスルーした。それが2度目の判断ミス。「どうせあとはセキュリティーチェックで荷物を通すだけ」そう思ってたら、ここからが本当の地獄やった。

荷物検査の列を待っている間に再び腹痛の波が来た。しかし、目の前に見えている自動ドアを通過すれば空港のロビーに出る事ができ、トイレの位置も前回来た時から変わってない筈。

X線検査を無事に通過して早歩きで自動ドアを抜けようとした瞬間!!ぶかぶかの上着にタイパンツというヒッピー丸出しな格好で居たせいなのか、自動ドアの目前で抜き打ちの検査に引っかかってしまった

勿論、後ろめたいものは何も持っていないものの、日本から持ってきた巻きタバコのペーパーやフィルター100個(活性炭フィルターやけど絵が大麻 笑)、匂い漏れしない「SKUNK」と書いたジップロック、ココナッツを磨いて自作した巻きタバコ用の皿などが俺のスーツケースから発見された。

愛想良く職員が「ちょっとあっちの部屋来てくれる?」と俺に言った。どう考えても断れないので「いいよ!」と言って、手早くドラッグ検査をしてもらおうと思っていた。トイレが近くて一度気が緩んだせいなのか、物凄くキツい。ドラッグ検査は機械を当てて音が鳴るか?だか、画面に何か映るかどうかだったか忘れたけど、とにかく最悪な事にその機械が故障していたらしい

「はは。機械が調子悪いみたいだからちょっと待ってくれ」と言って他の職員に何やら機械の不調を訴えるスタッフ。「分かった」というものの、もう冷や汗まで出てきて我慢の限界に近い俺

何度も「トイレに行かせてくれ!」と素直に頼もうとしたけど、検査の途中でトイレに行くのは帰って怪しいし、そもそも必死でお尻に力を入れてる状態だったので無駄な会話をしている余裕はない。

待ってる間ずっと無言の俺を気遣ってなのか「サーフィンするのか?」とか世間話をしてリラックスさせようとしてくる。気持ちは非常にありがたいが、俺の方はむしろ「今リラックスしたら終わる」と思って意識をお尻に集中させてた。

別室に連れて行かれてから20分後くらいに他のスタッフがやってきて何やらスタッフ同士で話していると「オッケー。機械の直し方が分からないからもう行っていいよ!」と言われた。何やねんそれ!

すぐに立ち上がって自動ドアを抜けてトイレに直行。トイレに向かう途中に空港まで迎えに来てくれてた知り合いが俺を呼ぶ声が聞こえたけど完全に無視した 笑。あと一歩遅かったら悲惨な事になってたと思う

トイレから戻ったあと、その知り合いのスタッフに連れられて宿に向かった。「全然出て来ないから心配したぞ」と言われて時計を見たら、飛行機の到着から2時間以上経過してた。

全部あのくされ税関の職員のせいや!とにかくこうして俺のフィジーが始まった。

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